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  男と女の事件簿

いたずら心ではまった女装癖 ついてない結末
【T市発】□月■日、T署は路上で全裸になっていた会社役員(58)を公然わいせつの疑いで逮捕した。通りかかったドライバーから「路上に女性下着をつけた男が立っている」との通報を受け、付近を巡回中のパトカーが急行したところ、男が下半身を露出していた。容疑者は「趣味で女ものの下着をつけていたが、そのまま帰宅しそうになって、慌てて路上で着替えてしまった」と供述しているという。

 十人十色である。すべてが同じような人間ばかりじゃ、世の中つまらない。さまざまな個性がぶつかり合うから、面白いのだ。最近、よく言われる「多様性」の一つの側面と言っていい。
 ただ、口では「多様性だ」「ダイバーシティだ」と言いながら、いざ、他人に自分とは違う面を見つけると、興味本位で心の中まで土足で踏み込む。それも人間の性だ。性癖については特に。
 さすがにLGBTについては理解が進んだものの、その他はまだまだ。だから、当事者は隠れて欲求を満たすことになる。
 義行の場合もそうだ。親の会社を継ぎ、10年前から社長をやっている。社員50人ほどの会社だが、水産加工の老舗。そこの代表ともなれば小さなマチの名士である。
 そうなると、地元との付き合いも頻繁。生来、引っ込み思案だから日々のストレスは半端ない。その解消法が女装だった。
 女装といっても、かつらをかぶり、スカートをはいて往来を歩くわけでもない。部屋でこっそり、女ものの下着を身に着け、楽しむ程度である。


 きっかけは2年前の同業者による忘年会。ビンゴゲームの景品で女性下着セットが当たった。真っ赤なブラジャーと同じ色のスケスケのハイレグパンティ。ご丁寧に同系色のガーターベルトと黒のストッキングまでついていた。
 妻に渡せば、それで済んだだろうが、教育者の堅い家庭に育った妻には刺激が強すぎる。結局、自宅書斎の自分の机にしまい込んだ。
 それが半年前、探し物をしているうちに机から出てきた。日曜日の昼下がり、妻と高校生の息子は外出中。いたずら心から書斎で身に着けてみた。
 ブラジャーをつけ、パンティをはく。ストッキングをガーターベルトで止めるころには、なぜかウキウキした気分になった。誰も知らない自分の姿。人間の根源的な欲求とされる「変身願望」が満たされたのだ。
 そればかりか、パンティが食い込むたびに、知らない女と交わっているような陶酔感が押し寄せる。気が付くと、分身が激しく怒張。妻との実際の営みでは味わえない淫らな感触だ。病みつきになった。
 同じ下着ばかり着るわけにはいかない。通販で買い足し、コレクションになった。
 それを妻や子がいない時、自宅で身に着け楽しむ。しかし、欲望は際限ない。今では会社で暇な時、社長室に鍵をかけ、恍惚感にどっぷり浸ることも。
 もちろん、妻には内緒だ。下着も白とベージュしかつけない女だ。義行のそんな行状を知ったら卒倒しかねない。会社で身に着けた日は必ず帰宅間際、着替えるようにしていた。


 その日は午後から時間を持て余していた。雨だったせいか、普段はひっきりなしに訪れる取引相手も来ない。社長室に鍵をかけ、ロッカーから数日前に購入した下着をつけてみた。色は隠微な紫。ブラジャーはピシッと決まったが、パンティはビキニ型のせいか、しっくりこない。それでも身に着け、全身が映る鏡の前に立つ。胸にブラジャーが食い込み、艶めかしい。それ以上に小さなパンティの前がもっこり盛り上がっている奇妙な姿が、倒錯した感情を刺激した。
 その時、卓上のインターフォンが鳴って、総務の女の子が来客を告げた。我に返って、下着の上に加工場で着る作業服を羽織った。
 接客が終わり、一服していると、今度は携帯が鳴った。妻からだ。
「おじさまが亡くなったの。早く帰ってきて」
 隣町に住む叔父だ。若いころから世話になっており、弔問に駆け付けなければならない。作業着のまま、マイカーに飛び乗った。
 急いで会社を出たため、自分が女ものの下着を着けていることを忘れていた。それに気が付いたのは自宅まであと数キロの地点。慌てて、車内を探すと、ゴルフ用のボストンバッグに下着のセットが入っていた。安堵したものの、着替えようにも車内が狭すぎる。身をよじったりしているうちに脇腹がつったり、股関節に痛みが走ったりした。
 幸い、外は雨で夕闇が迫っている。「見づらいはずだ」。そう考えて車から出て着替えた。そのわずかの間に、運悪く一台の車が通り掛かった。そして、数分後にはパトカーがやってきて、署に連行された。
「着替えをしていただけです。それに親戚が亡くなったんです」
 取り調べでそう訴えても、署員はニヤニヤするばかり。
「帰してください。他人に迷惑をかけてないでしょう」
 義行がそう語気を強めると、署員はそっけなく切り返した。
「迷惑はかけていないが、パトカーが着いた時、アンタは裸だった。立派な犯罪だ。だから身元引受人の奥さんが来るまでは帰れないよ」
 ついてない。妻はその日、とうとう現れなかった。 

(実際にあった事件をヒントにした創作です)