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  男と女の事件簿

「優しくしてほしかった」 初老男の甘ったるい欲望
【I市発】□月■日、S署は知人女性に「会ってくれないなら、あなたの嫌がる写真を自宅の近くでばらまく」といったメールを送り続けたとしてI市内の会社役員(56)を脅迫の疑いで調べている。会社役員は仕事や家庭の事情でストレスがたまり「会って優しくしてもらいたかった」などと供述しているという。

「女々しい」は「めめしい」と読む。「未練がましい」の意味もある。しかし、実際にめめしいのは男の方だ。過去を捨てきれない。
 かつて「千人斬り」を自負していた人気脚本家が関係を持った女の事を記した日記が妻に暴かれた。夜な夜な読み返して甘美な思い出に浸っていたのか。それが男の性だ。
 その点、女は違う。新しい男に抱かれると、「過去の男」を消していく。つまり、上書き。だから「めめしい」は「男々しい」と書くのがふさわしい。
 ここにも、めめしい男がいる。信夫だ。昨年、地元では大手の建設会社の取締役に昇進した。仕事は出来る。営業に出れば大型事業を受注し、管理部門に回れば社内を合理化した。その功績で、同期のトップを切り人事担当の役員に就いた。
 家庭に戻れば一男一女は有名大学に進学し、妻との関係も良好だ。「何不自由がない」。傍目にはそう映っていた。
 ところが、最近、鬱屈している。業界は資材の高騰などから利幅が大幅に減っている。余剰人員を抱え、社長からは「リストラを急げ」とプレッシャーを掛けられる。一方、家庭では大学生の長男が「退学したい」と言い出し、引きこもり状態だ。
 これまで順調に来ただけに、問題が押し寄せると脆い面が出る。そんな時、頭をかすめるのは10年ほど前の部下で、短期間で終わったが不倫関係にあった洋子だった。


 その日は株主総会を控え、売り上げの締めなどで大忙し。仕事に目鼻がついたのは午後10時過ぎだった。総務部には洋子と当時、次長だった信夫しか残っていなかった。
「悪いね、新婚の洋子ちゃんをこんなに引っぱっちゃって」
「いいえ、帰宅しても一人ですから」
「そうか、旦那さん、単身赴任だったな。じゃ、夕飯でも一緒にどうだ」
「次長はいいんですか。奥さん、待っているでしょ」
「いや、家内は教育ママの真っ最中。おれなんか眼中にないから」
 2人は中華料理店に入った。ビールで乾杯し、ギョーザに始まり、やきそば、麻婆豆腐などを次々に注文した。空腹で酔いの回りが速い。それに料理の辛さがアルコールを誘う。ジョッキを2杯ずつ飲み干し、紹興酒を注ぐ頃には口も滑らかになっていた。
「洋子ちゃんは子供は作らないの。ごめん、これってセクハラか」
「いいんです。ほしいんですけど、夫とはすれ違いで」
 聞けば、夫は洋子の実家と折り合いが悪く、最近は赴任先から帰って来ないらしい。洋子は30歳。女盛りである。  送っていくタクシーで洋子が漏らした「寂しいっ」の一言で、2人は一線を越えた。
 洋子は弾けた。無理もない。新婚なのに夫は単身赴任。3ヵ月近く、接していない。
 舌で胸、そして秘所を丹念になぶると、「ください」とねだった。正常位に始まり、バックと進んで体面座位になると、突き上げるたびに舌を口の中にねじ込んで来る、まるで、上と下で男を堪能するかのように。
 2人の関係は洋子が離婚して実家に帰るために退社するまで続いた。
 思い出すのは洋子の優しさだ。「綺麗にしてあげる」。事が終わると、決まって精液まみれの信夫を咥えてきた。奉仕されるたび元気を吹き込まれるようで、信夫は「男の自信を取り戻せる」とうめき、洋子もそれを喜んだ。


 仕事の上でも、家庭でも問題を抱えている時こそ、洋子の優しさが欲しい―。噂では洋子は再婚し、隣り町で暮らしているらしい。親しかった女子社員からそれとなく携帯番号を聞きだし、電話した。
「洋子さん、どうしている。たまに食事でもどう」
 性急すぎるのか、それとも下心を見抜いているのか。洋子の返事はそっけない。
「取締役になられたそうで、おめでとうございます」と外交辞令は繰り返すが、話に乗ってこない。そんなことが2度3度続いた。
 だが、声を聞くたびに洋子の熟れた体の記憶が蘇る。電話での誘いはあきらめて、ショートメールに切り変えた。その方が露骨に誘える。
「洋子さんのアノ時の優しさが忘れられません」
「アノ時」とは咥えて元気をもらったことを指す。わかってくれるはずと考えたが、返信はなかった。そこであきらめればいいものを、未練がましい。それが初老男の甘さ。文面はどんどんエスカレートする。
「キミのアノ時の写真を持っている。返事をくれないなら、ばらまく」
 そんな脅しのようなメールを連続して送ると、返信があった。「私には夫も子供もいます。変な写真なんてあるわけないですが、気持ち悪いので警察に届けます」
 翌日だ、刑事が信夫を訪ねてきたのは。


(実際にあった事件をヒントにした創作です)