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  男と女の事件簿

時代に取り残された 露出狂の悲しき性
【I市発】□月■日午後10時半ごろ、I市内の住宅街で帰宅途中の20代の女性が背後から近付いてきた男に尻を触られた。男は全裸で、走って逃げた。現場から5キロほど離れた路上でも全裸の男が目撃されており、I署は同一犯とみて、公然わいせつの疑いで行方を追っている。男は50代ぐらいで小太りという。

 人間はわがままな動物である。他人との触れ合いが煩わしくなって「放っておいて」なんて言いながら、本当にかまわれなくなると今度はすねる。どんな人間だって、周囲から無視されることに耐えられない。それは自分の存在を認められたいという心の動きがあるためだ。心理学でいう「承認欲求」である。
 目まぐるしく動く世の中。誰もが自分のことで精いっぱいで、他人のことまで目が行き届かなくなる。そうなると、「認められたい」という欲求が歪んだ形で現れることもある。
 正一(56)の場合、それが露出プレイという形で現れた。大学卒業後、親の勧めで生まれ故郷の建設会社に入った。派手な営業や設計畑とは違い、地味な会計一筋だが、その手堅い仕事ぶりが認められて今春、経理部長に昇格した。家庭でも二男一女に恵まれ、傍目には「勝ち組」と映っていた。
 しかし、本人の心の奥底には満たされないものが常にあった。
 職場では表向き「部長」と持ち上げられているが、裏では「融通の利かない石頭」「ただの算盤屋」などと陰口をたたかれ、家庭でも思春期に差し掛かった3人の子供たちは母親の顔色ばかりを窺い、父親としての居場所がない。それが正一をイラつかせた。


 そんな鬱積する暮らしの中で、正一がはまったのは露出プレイだった。車を停車させ、車内でズボンとパンツを脱ぐ。そして裸になった下半身を長めのコートで隠し、一人歩きの若い女を見つけると、車から降りて後をつけ、人けがない場所でコートを開く。
 突然の奇行に女は慌て、声も出せずに体を硬直させる。明らかに女は自分を意識している。そう実感すると、正一の承認欲求が満たされ、気分がすっきりした。そして達成感は性欲すら刺激。プレイの夜は決まって、普段は疎遠な妻のベッドにもぐりこんだ。
 ところが、最近、下半身をさらけ出すだけでは、女たちが動じないケースが増えてきた。
 道路を歩いていても耳にイヤホン、手にはスマホだ。自分だけの世界に浸り、周りに無関心になっている。中には、下半身をむき出しにしても気が付かず、通り過ぎる女もいた。時代に取り残された変態ほど、哀れなものはない。


 ならやめればいいものだが、一度知った刺激から簡単に抜け出せない。で、正一の頭に浮かんだのは往来を全裸で走り回るストリーキングだ。かつて学生なんかの間で流行った幼稚な遊びである。
 といっても、臆病な正一だ。繁華街や車がひっきりなしに通る幹線などでは行為に及ぶ勇気はなく、選んだ場所は静かな深夜の住宅街だった。それでも全裸の男が現れれば、スマホに見入っていた女も驚き、悲鳴を上げる。相手の嫌がる顔が快感を呼ぶ。典型的な露出狂の心理である。
 さらに考え付いたのが、相手の体に触ることだった。別に女の体をどうこうしたいわけではないが、これならどんな女だって正一の存在に気づき、嫌がって声を上げる。そう想像するだけで勃起した。
 その夜は雨上がりで蒸し暑かった。前を行くのはバス停からつけてきた水色のワンピースの女だった。帰宅途中のOLか。肉付きのいい尻が薄手の服の下で揺れて艶めかしい。
 やはり耳にイヤホン、手にはスマホだ。背後からそっと近づき、コートを脱ぎ捨てるや尻を撫でまわした。むっちりした手触りだ。心なしか、湿っている。それがまた、隠微で興奮を誘った。
 女は最初、何が起きたかわからずポカンとしていたが、目の前にいるのはコートを手にした全裸の男だ。女は顔をひきつらせて「助けて!」と大きな声を上げた。正一は必死になって逃げた。
 右手に残る感触。達成感は半端なかった。ただ、誤算があったとすれば、その後だ。
 これまでのような露出プレイやストリーキングなら、交番や派出所などが発信する防犯情報に掲載される程度で済んだが、痴漢となると扱いが違ってくる。しかも全裸男の犯行だ。地元テレビが飛びつき、ニュースとして大きく報道した。そうなると、警察も捜査に本腰を入れねばならない。
 街には防犯カメラがあふれ、それを丹念に解析していけば捜査が正一に絞られるのは時間の問題だ。逮捕でもされようものなら、社会的地位を失うばかりか、家族からも見放される。それもこれも、調子に乗ったがための自業自得ともいえる。
 かくして、歪んだ承認欲求を抱えて、警察の動きに脅え、会社と自宅を往復する日々を送っている。

(実際にあった事件をヒントにした創作です)