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  男と女の事件簿

人妻に抱いた邪心 初老准教授の落とし穴
【H市発】■月□日、H大は女子学生に電話やメール送信を繰り返し、不快感や恐怖感を与えたとして人文系学部の准教授(56)を停職3ヵ月とする懲戒処分を発表した。准教授は女性に「会って話がしたい」というメールをたびたび送り付けたほか、1日に100回以上、電話を掛けたこともあった。女性が警察に相談して、大学がストーカー行為を確認した。

 男の「峠」は50歳と言われる。その年齢になると自分の行く末も見えてくる。若いころのような体力も残っていないから、何をするにしても身が入らない。結果、よけいに老け込む悪循環だ。義彦の場合もそうだった。
 高校教師から念願の大学教員に転じて15年。専門の古代史研究を積んで教授を目指していた。しかし、地方大学出身の悲しさ。後ろ盾となる恩師もおらず、毎年欠かさず論文を発表してきたが、学会で注目を浴びることはなかった。
 しかも今年春には名門大学出身の後輩研究者が直属の教授として着任。これでは定年まで勤めたところで准教授のまま。鬱々とした気分になる。
 そんな義彦が1ヵ月前から変わった。表情に張りが出て、服装もこざっぱりしたものになった。
 原因は久美子だ。後期から社会人枠で入学してきた。40代。子供が中学生になって手がかからなくなったことから、夫の勧めで教員を目指して大学に入り直したという。
 努めて地味にしているが、やはり人妻である。ちょっとした仕草でも若い女子学生にない色気がにじみ出る。


 その日は講義の後、部屋で蔵書や資料の片づけをしていたら、久美子が現れた。
「何か、質問ですか」
「いえ、通りかかったら、先生が本棚の整理をしていたから、手伝おうと思って」
「それはありがたい。整理整頓が下手でね。手伝ってくれたら、帰りにスイーツでもおごるよ」
「ワタシ、甘いものが大好きなの」
 薄手のセーターと細身のスキニーパンツ。カジュアルなスタイルが久美子をいつもより若く見せた。
 それに手際がいい。蔵書や資料を種類別に並べ換え、空いたスペースを掃除していく。そのたびに下半身に張り付いたパンツが艶めかしく揺れ、後ろ姿を見ているだけでゾクゾクした。
 片付けは短時間で終わり、2人は義彦の車でスイーツが評判の喫茶店に向かった。
 久美子が注文したのは、若者に人気のあるハワイ風パンケーキ。生クリームと蜂蜜、それにアイスクリームが載った豪華版だ。つられて義彦も同じものを頼んだ。
「先生は甘党なんですか」
「どちらかと言えばね」
「いいな。うちの主人は辛党で、ワタシが甘いものを食べると、『また太るぞ』なんて嫌味ばかり言うのよ、失礼よ」
「太っていないじゃないか」
「年齢には勝てないわ。年々、肉がついて、おまけに重力に負けるから」
 久美子はそう言いながら、唇についたクリームを舌で舐め上げた。ゾクッとした。
「あなたは十分、魅力的だよ」
「そう言ってくれるのは先生だけ。男なんて、みんな若い娘が好みなんだから。主人なんてワタシに無関心」
 欲求不満の告白か。久美子が嘆息をつくと、義彦は即座に返した。
「僕は違うけど」
 帰りの車内、久美子が放つ熟れた香りが鼻をくすぐり、肉感あふれる姿態に抑えられない欲望を感じた。
 夜、夢に久美子が現れた。垂れかかった乳房やヒップ、濃いヘア、大人の香り。そしてアノ舌なめずり。何から何まで刺激的だ。だが、夢は夢だ。肝心なところで目がさめた。妻が寝息を立てる横で、義彦は下半身の疼きを抑えた。


 それから、義彦は大学構内で会うたびに久美子を喫茶店に誘った。最初は付き合ってくれたが、あまりに頻繁だから当然、義彦の邪な狙いに気づく。避けるようになった。
 たわいのないやり取りをしていたメールも、最近は返信も来ない。携帯電話に連絡しても着信番号がわかるからか、出なくなっていた。
 初老の男ほどやっかいな存在はない。分別盛りと見られるが、自分の先が見えているから、一度こだわりを持つと簡単に諦められない。相手が嫌がるなら、よけいにいじめたくなる。サディスティックな感情も欲望のはけ口なのだ。授業のない日は100回も久美子の携帯に連絡を入れた。困る顔を想像するだけで陶酔感に浸った。
 久美子は義彦の授業に出なくなったばかりか、構内でも見かけなくなった。教務課にそれとなく尋ねると休学届が出たという。
 それから1週間ほど後、年下の教授に呼び止められた。
「教え子にストーカーした人がいるんだって。警察から連絡があって、大学も動き始めたようだ。きっと処分を受けるよ」
 義彦は震えが止まらなかった。

(実際にあった事件をヒントにした創作です)